宮崎大学医学部附属病院 地域総合医育成センター

センターのコンセプト

センター長からのメッセージ

吉村学

役職
地域総合医育成センター
センター長
出身地
鹿児島県
出身校
宮崎医科大学
専門分野
地域医療・総合診療
認定医・資格
日本プライマリ・ケア連合学会理事
(IPE担当)

宮崎の医療を変える―地域医療・総合診療医学講座の挑戦

地域包括ケアの視点を取り入れた総合診療医の育成

医師の少ない中で、救急も外科も内科も一通りトリアージができて、カメラ検査や病棟もフォローしながら、一人当直ができる。へき地の病院で医師として働くには、広く浅くさまざまな状況に対応しなければなりません。これまで、そういうタイプの医師を育てていませんでした。

下手をすると、お年寄りと喋ったことがないまま卒業してしまう学生さえいます。学生時代の真っさらなうちに現場に連れて行って、患者さんに触れて気持ちを通じ合ったり、看護師さんたちとの関係づくりを学んでおけば、研修医になったときに圧倒的なアドバンテージが生まれます。

お泊まり実習を体験すると、在宅の患者さんの顔が思い浮んで、この人たちの幸せのために自分は医師になるんだと初心を思い出したり、やる気が出てきたりするものです。でも大学の座学に戻ると、すぐにしぼんでしまうものなので、継続してイベントや実習に参加してもらうようにしています。各地域の病院にお願いする際も、見学やお客さん扱いではなくて、どっぷりと担当を任せて患者さんとの交流を持たせてもらうようお願いしていますので、成長の度合いがかなり違ってきますよ。

この学生実習の方法は、外国から来た指導医の先生に「日本の医学教育は学生に何もやらせないのか」と言われたことへの反動や、岐阜の地域医療センター時代に医学生や研修医が次から次へと送り込まれてくる中で、短い期間で実のある実習をこなそうと編み出してきたもので、いまだに試行錯誤を続けています。学年は関係なく、医学教育の早い段階から現場に連れて行って、少しでも役割と責任を与えて、実際に手を動かしてもらうと、地域医療に興味のない学生も意識が変わります。

総合診療医を目指す人を増やしたいのはもちろんですが、たとえ地域医療の道を選ばなくても、総合診療の領域に理解のある医師になってくれるだけでも、地域医療の環境はかなり変わるはずです。

地域医療の未来を見据えて

総合診療・家庭医学の分野で一番歴史があるのはイギリスなのですが、教育カリキュラムや仕組みが整っているのはアメリカですね。また、オーストラリアで は、総合診療・家庭医学出身の教授が学長になっている医学校が約半数。イギリスやオーストラリアやカナダでは、医学校を卒業する学生の50%が、総合診療医や家庭医の道へ進みます。アメリカで20%、日本はたった0.5%~1%です。

大学で部活熱心な学生の中にこそ、地域医療の星がいると思っています。部費を稼ぐため早朝から乳搾りや大根引きのアルバイトをしている学生たちに地域医療を体験してもらうことで、化学反応が起きないかなと。農家さんに協力してもらって、前日からお泊まりして健康診断をさせてもらうなど、宮崎だからこそできる突拍子もない企画ですよね!

医学生や研修医を一人前に育てるには、指導医やスタッフの力だけでなく、地域の皆さんの協力も必要です。採血や問診などに協力してくれる患者さんが増えれば、早く頼りになる医師が生まれると理解してもらえるように、日南市の協力でいろいろなアプローチをしています。

育成センターの指導方針と地域医療の魅力

蚊に刺されて熱が出たというお子さん。100歳まで生きたいという目標を持っているおばあちゃん。そこには生活者それぞれの温かい愛にあふれた物語があります。看取りで死の間際の1週間をともに過ごせば、家族の一員になったような気持ちになります。

総合診療医や家庭医を、医師のキャリアとして『楽しい』とか『この道でいいんだ』と思える流れに変えていきたいんです。地域で頑張っている先生たちが、ポジティブにどっぷり地域医療に入っていけるように、資格を取れたり、海外に学びに行けるような仕組みも必要です。できるだけネットワークを広げ、海外に飛び出していけることとあわせて、逆に海外からも宮崎に学びにきてもらうことも積極的に推進していきます。

医師と多職種のスタッフの皆さん、そして国際交流も、地域住民の皆さんとも一緒になって、ごちゃまぜコラボレーションで医師を育てて参ります。

経歴 鹿児島県出身。1991年、宮崎医科大学(現宮崎大学医学部)を卒業後、自治医科大学地域医療学教室で地域医療・家庭医療を学ぶ。2003年より岐阜県揖 斐郡北西部地域医療センターのセンター長に着任し、地域で医療者を育てる先駆的な取組みを始める。オリジナルな教育施策と多職種連携の実習が評判を呼び、 講演や著書多数。2015年、17年間に渡る診療所での総合診療医から、出身大学の教授へと大きく転身し、宮崎の地域医療を着実に変えている。
学会活動
日本プライマリ・ケア連合学会理事(IPE担当)